「握力の平均がおかしい」と感じて検索された方、実は今の日本には同じような疑問を抱いている方が本当にたくさんいます。
ネットやニュース、あるいは職場の健康診断の結果などで目にする年齢別の平均データを見ると、自分の数値があまりに低くて「もしかして自分は人より弱いのでは?」「何か病気なのだろうか?」と不安になってしまうこともありますよね。
特に、普段の生活で重い荷物を持てないわけでもなく、周りの同年代と比べて極端に非力なわけでもないのに、統計上の数字だけが一人歩きして、自分を否定されているような違和感を覚えるのは無理もありません。
実はその背景には、測定時の測り方や使っている機器の種類の違い、そしてデータが集計される際の「ある種のカラクリ」とも言える統計的な偏りなど、一般にはあまり知られていない意外な事実が隠されています。
この記事では、そんな数字の謎を一つひとつ丁寧に紐解きながら、私たちが本当に気にするべき健康のポイントについて、詳しくお話ししていきます。
この記事を読んでわかること
- 握力の平均値が体感よりも「異常に高く」出る統計的な理由と背景
- 数値に10kg以上の差を生むこともある握力計の種類と正しいフォーム
- 「平均以下」でも問題ない?本当に心配すべき医学的な筋力低下の基準値
- 血圧対策の「タオルグリップ」や筋力アップなど目的に合わせたトレーニング法
握力の平均はおかしい?数値の謎を解明
公表されている握力の平均値を見て「こんなに高いはずがない」「自分の周りにこんな怪力の人はいない」と感じることは、決して間違いではありませんし、あなたの感覚がズレているわけでもありません。
ここでは、なぜ公的な統計データと私たちの日常的な実感の間にこれほど大きな「断絶」が生じてしまうのか、その構造的な原因を深掘りしてみたいと思います。
年代別の推移と男性のピーク年齢
まず、男性の握力データを見てみると、私たちの直感とは少し異なる、ある種「異常」とも言える傾向があるんです。一般的に、走る速さや瞬発力といった身体能力のピークといえば、高校生から大学生にあたる10代後半から20代前半をイメージしますよね。しかし、握力の統計においては、少し様子が違います。
多くの調査データにおいて、男性の握力は就労後の30代から40代にかけてピークを迎え、あるいはその高水準を維持し続ける傾向があります。
具体的には、平均値が約45kgから47kgという、非常に高い数値で推移しているのです。20代で完成された筋力が、加齢とともにすぐには衰えず、むしろ働き盛り世代で維持されているというデータになっています。
しかし、ここで冷静に考えてみてください。今の30代や40代の一般的なデスクワーカーで、特別なトレーニングなしに握力45kg以上をキープしている人がどれだけいるでしょうか?
現代の都市生活において、日常生活で45kgもの握力を必要とする場面は皆無と言っていいでしょう。PC作業が中心の生活を送っていれば、握力は自然と低下していくのが生理学的に自然です。それなのに平均値が下がらないのには、理由があります。それは、この年代には建設業や物流業、農業など、日常的に「手を使う仕事」に従事しているプロフェッショナルな層が一定数含まれているからです。彼らの強靭な握力が平均値を大きく押し上げているため、運動習慣のないホワイトカラー層がこの「全体平均」と比較すると、圧倒的な敗北感を味わうことになるのです。
【参照データについて】
こうした年齢別の詳細なデータは、スポーツ庁が実施している「体力・運動能力調査」などで確認することができます。
(出典:スポーツ庁『体力・運動能力調査』)
女性の平均値と推移の特徴
一方で、女性のデータはどうなっているかというと、こちらは男性とはまた違った特徴的な動きを見せます。女性の握力は、第二次性徴が終わる10代後半で成長がほぼストップし、そこから50代に至るまで、驚くほど長い期間にわたって約28kg前後で横ばい(プラトー状態)になるんです。
「28kgなら、まあそんなものかな?」と思われるかもしれません。しかし、実際に握力計を握ってみると、28kgという数値は決して低いハードルではありません。例えば、固く閉まったペットボトルの蓋を開けるのに必要な力(トルクを握力に換算した場合)は、概ね10kgから20kg程度と言われています。つまり、日常生活を送る分には20kgもあれば十分事足りてしまうのです。
なぜ「平均がおかしい」と感じにくいのか
女性の場合、男性ほど極端な数値のインフレ(高騰)は見られませんが、それでも「私は昔から平均に届いたことがない」という悩みを持つ方は非常に多いです。これは、女性の筋肉量がもともと少ないため、個人差が出にくい(分散が小さい)ことが影響しています。しかし、28kgという平均値は、日常的に家事や育児で手先を使っている層が下支えしている数値であり、完全に運動から離れている女性にとっては、やはり「高すぎる壁」として立ちはだかることが多いのが現実です。
測り方と握り幅で変わる数値
ここが今回の記事の中で、最も実用的かつ重要なポイントかもしれません。実は、握力計の数値というのは、あなたの筋力そのものと同じくらい、「測定時のフォーム」や「機器の調整」に左右されるんです。「平均がおかしい」と感じる人の多くが、実は自分の本来の力を発揮できていない状態で測定している可能性があります。
グリップ幅(握り幅)の致命的な影響
握力計には、ハンドル(握る部分)の幅を調整するネジがついていますよね。あれを適当に設定していませんか?バイオメカニクス(生体力学)的に、人が最も強く握力を発揮できるのは、以下の条件が揃ったときです。
もし手が小さい人が、手の大きな人用に設定された広い幅のままで握ったらどうなるでしょうか。指先だけで引っ掛けるような形になり、前腕の筋肉が伸びきってしまって力が入りません。逆に幅が狭すぎると、指が手のひらに食い込んでしまい、筋肉が縮みきってこれまた力が出ません。この「グリップ幅の調整ミス」だけで、実力より5kg〜10kgも低い数値が出ることはザラにあります。
さらに、測定時に握力計が太ももや衣服に触れてしまうと、力が分散したり摩擦が生じたりして正確な数値が出ません。「直立して、腕を自然に下げ、体には触れずに握る」。この基本フォームが崩れているだけで、平均値との距離はどんどん開いていってしまうのです。
握力計のアナログとデジタルの差
皆さんがこれまでに握力を測ったとき、その機械は「アナログ」でしたか?それとも「デジタル」でしたか?学校の体力テストでよく見る、針が動くタイプの「アナログ式(スメドレー式)」と、スポーツジムなどで見かける「デジタル式」では、測定結果に無視できない差が出ることが研究でも示唆されています。
アナログ式の構造的な弱点
アナログ握力計は、内部にある強力な金属バネの弾性を利用しています。しかし、古い備品として使い込まれているものは、内部のギアが摩耗していたり、バネや摺動部が錆びついていたりすることがあります。その結果、針を押し上げるために余計な摩擦抵抗が必要になり、「思い切り握ったのに針が動かない」という現象が起きやすくなります。また、目盛りの読み取りも0.5kg単位や1kg単位でアバウトになりがちです。
デジタル式の優位性と「上振れ」
一方で、デジタル式は「ロードセル」という圧力センサーを使用しており、0.1kg単位で正確に、かつ「瞬間的な最大値(ピーク値)」を逃さずに記録します。摩擦抵抗もほとんどないため、アナログ式よりも力がダイレクトに伝わりやすく、結果として「デジタルの方が数値が高く出やすい」という傾向があります。
もしあなたが、学校にある古いアナログ計で測った数値を、最新のデジタル計で測定された統計上の平均値と比較しているなら、その比較自体がそもそもフェアではないのです。
統計が高い理由は測定者の偏り
最後に、少し社会学的な視点から「平均値のカラクリ」をお話しします。「平均値」と聞くと、日本人全員を無作為に抽出して測った真ん中の値だと思いがちですが、実際はそうではありません。
国や自治体が行う体力・運動能力調査は、基本的に「調査会場に来てくれた人」を対象に行われます。これを専門用語で「サンプリングバイアス(標本の偏り)」と言いますが、具体的には以下のような心理が働きます。
【健康なボランティア効果(Healthy Volunteer Effect)】
わざわざ休日に公民館やスポーツセンターへ行き、体力テストに参加するのはどんな人でしょうか?多くの場合、「体力に自信がある人」「普段から運動をしている人」「健康意識が高い人」です。逆に、体調が優れない人、肥満気味で運動を見られたくない人、仕事で疲弊している人は、こうした調査への参加を回避する傾向にあります。
つまり、私たちが目にする公表データとしての平均値は、「日本人全体の平均」というよりは、「健康で活動的な層の平均」に近い数値になっている可能性が極めて高いのです。デスクワーク中心で運動不足気味の私たちが、この「ちょっとエリート寄りな平均値」と比べて、「自分はおかしいのではないか」と落ち込む必要は、統計の仕組みから見ても全くないと言えるでしょう。
握力の平均がおかしいと感じる人へ
平均値の裏側にある「数値が高く出るカラクリ」がわかってきたところで、ここからは視点を変えてみましょう。
「平均より低いからといって落ち込む必要はない」としても、「じゃあ、自分の今の握力はこのままで健康上問題ないの?」という不安は残りますよね。
ここからは、平均との比較ではなく、医学的なリスク管理の視点から解説します。
握力が弱いと病気?医学的基準
握力は、単なる力の強さだけでなく、全身の筋肉量や活力、栄養状態を反映する重要な健康指標(バイタルサイン)の一つとして医療現場でも使われています。しかし、医学的に「筋力が低下している」と判断される基準値は、世間の平均値よりもはるかに低い位置に設定されていることをご存知でしょうか。
高齢者の筋肉量が減少し、身体機能が低下する「サルコペニア(筋力低下症)」という病態がありますが、その診断基準(AWGS 2019)における握力のカットオフ値(足切りライン)は以下の通りです。
| 性別 | サルコペニア判定の目安(危険水準) | 一般的な平均値(参考) |
|---|---|---|
| 男性 | 28kg 未満 | 約45kg |
| 女性 | 18kg 未満 | 約28kg |
この表を見ていただくと、平均値と医学的な基準値の間には、巨大な「バッファ(安全地帯)」があることがわかります。例えば、握力が35kgの男性は、平均値(45kg)と比較すれば「低い・弱い」と評価されますが、医学的な危険水準(28kg)からは十分に離れており、機能的には「正常範囲」に属します。
つまり、「平均以下=不健康・病気」という図式は成り立たないのです。平均値という「理想的な他者」と比較するのではなく、この医学的な最低ラインを割り込んでいないかどうかを確認することの方が、健康管理上は何倍も重要です。
寿命や認知症リスクとの関係
とはいえ、脅かすわけではありませんが、「握力が強い人ほど長生きする傾向がある」というデータが世界中の疫学研究で示されているのも事実です。日本でも有名な「久山町研究」などで、握力が低いグループは、心血管疾患(脳卒中や心筋梗塞)による死亡リスクや、認知症の発症リスクが高まることが報告されています。
なぜ握力が寿命と関係するのか?
これは、「手を握る力が強いから心臓が丈夫になる」という単純な因果関係ではありません。握力は、全身の筋肉量や身体活動レベルを反映する「代理指標(サロゲートマーカー)」として機能しているのです。
握力が維持できているということは、それだけ「日常的に体を動かしている」「筋肉の材料となるタンパク質を摂取できている」「神経系の機能が正常である」という証明でもあります。逆に言えば、握力が急激に低下している場合、それは単に手が弱くなっただけでなく、全身の活力が低下しているサイン(フレイルの兆候)かもしれないのです。だからこそ、握力そのものの数値を上げることに固執するより、その数値が示している「普段の活動量」を見直すきっかけにすることが大切かなと思います。
血圧を下げるタオルグリップ法
もし、健康のために何か始めたいけれど、いきなりジムに通って重いダンベルを持つのはハードルが高い…という方がいれば、NHKの番組「ためしてガッテン」などでも紹介され、医学的にもエビデンスがある「タオルグリップ法」がおすすめです。これは筋肥大を目的としたトレーニングではなく、血管内皮機能を改善し、血圧を下げるための健康メソッドです。
【タオルグリップ法のやり方】
- タオルの準備:
フェイスタオルを四つ折りにし、端からくるくると巻いて円筒状にします。握ったときに、親指と他の指がくっつかない程度の太さに調整してください。 - 握る(2分間):
片手でタオルを握ります。力加減は「全力の30%程度」です。強く握りすぎると血圧が上がってしまうので注意してください。この状態で2分間キープします。 - 休む(1分間):
パッと手を離して、1分間リラックスします。 - 反対の手へ:
左右交互に、それぞれ2回ずつ(計4回)行うのが目安です。
【なぜ効果があるの?】
適度な力で握り続けることで、前腕の筋肉が血管を圧迫し、血流を一時的に制限します。そこから手を離すと、堰を切ったように血液が一気に流れ込みます(再灌流)。この時の刺激で、血管の内側の細胞から「一酸化窒素(NO)」という物質が放出され、血管を柔らかく広げてくれるのです。
これならテレビを見ながらでもできますし、平均値を気にして無理な筋トレをするよりも、よほど実用的で効果的な健康習慣になりますよ。
ハンドグリップでの効果的な鍛え方
「いや、健康も大事だけど、私はやっぱり男として(あるいは自分自身の目標として)数値としての握力を強くしたい!」という意欲的な方には、王道のトレーニング器具「ハンドグリップ(グリッパー)」を使ったトレーニングが良いでしょう。ただし、ただ闇雲にカチャカチャと数多く握るだけでは、筋持久力はついても最大筋力(数値)はなかなか上がりません。
最大筋力を伸ばす「ネガティブ動作」
効果的に数値を伸ばすための秘訣は、「高負荷・低回数」と「ネガティブ動作」にあります。
- 強度の選択:
100回握れるような軽いものではなく、なんとか10回〜12回握れるかどうかのギリギリの強度のものを選びます。 - 握り方(コンセントリック):
全力で握り込みます。ここは一瞬でOKです。 - 開き方(エキセントリック):
ここが最重要です。握った状態から、バネの力に負けてパッと開くのではなく、バネが開こうとする力に必死に抵抗しながら、じわじわと時間をかけて(3〜4秒かけて)指を開いていきます。
筋肉は、縮むときよりも「伸ばされながら力を発揮するとき(エキセントリック収縮)」に、最も強い物理的刺激を受け、筋繊維が太くなろうとします。この「耐える動き」を意識するだけで、トレーニング効果は劇的に変わります。ただし、前腕の筋肉や腱は疲労が溜まりやすいので、毎日やるのではなく、週に2〜3回程度、痛みが出たらすぐに休むようにしてください。
まとめ:握力の平均はおかしいについて
ここまで、統計データの裏側から医学的な基準、そして具体的な対策まで詳しく見てきました。
握力の平均がおかしいと感じてこの記事にたどり着いたあなたの感覚は、決して間違いではありませんでした。
公表されている平均値は、サンプリングの性質上、どうしても元気で運動習慣のある人たちのデータが反映されやすく、さらに最適な環境で測定された「ベスト記録」の集積です。仕事で疲れた体で、調整していない握力計をなんとなく握った数値と比較すれば、低く出て当然なのです。
結論としてお伝えしたいのは、「平均値という高すぎる幻影に惑わされて、自信を失わないでほしい」ということです。本当に大切なのは、見知らぬ他人の平均値と比べることではなく、医学的なリスク基準(男性28kg/女性18kg)を下回っていないか、そして「去年の自分」と比べて体力が落ちていないかという点です。
もし数値が気になって仕方がないなら、まずはスポーツジムやきちんとした測定会で、デジタル握力計を使って、正しいグリップ幅とフォームで一度測り直してみてください。案外、それだけで数値がポーンと5kgくらい上がって、「なんだ、自分は普通だったんだ」と安心できるかもしれませんよ。
この記事が、あなたの無用な不安を解消する一助になれば嬉しいです。











